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34歳の時に経験した大きな交通事故が、城本二美代さんの人生を介護の道へと向けました。「まるで導かれるように」という言葉がよく似合う、波瀾万丈な半生から始まったケアマネのキャリア。2019年のあまてらす入社は「不純と言いますか、単純と言いますか」というきっかけでしたが、気がつけばここが「一番長く続いた職場」になっていたといいます。63歳の今、東区の新事業所を任され、「東区といえばあまてらす」を目指して奮闘する城本さんが、仕事への想いと働き続ける理由をたっぷりと話してくれました。
34歳の事故が、人生を変えた——「生かされた命」が介護の道へ
34歳の時に、交通事故にあったんです。10トン車と正面衝突して、乗っていた普通車は廃車になりましたから、通常だったら生きていないだろうなっていうぐらいの事故でした。でも不思議なことに、大きな後遺症もなく回復できて。顔に少し傷が残りましたけど、仕事は続けられています。
市民病院に入院していた時に、看護助手の方たちが仕事されているのを見て、「あ、こんな仕事があるんだな」と思ったんです。それが介護の道へ入った一番のきっかけでした。まるで導かれるように行ったような感じがしています。
退院してから、せっかくならと思ってヘルパーの資格を取り、介護福祉士を取り、デイケアやグループホームなどで現場を経験していきました。30代から20年以上、介護の現場でキャリアを積んできたわけです。ケアマネジャーの資格を取ったのは55歳の時。現場が大変になってきたこともあって、「そろそろケアマネの勉強をしようかな」という気持ちになったんですよね。あの事故がなければ、今の自分はなかったと思います。「生かされた命」という感覚が、今でもあります。
こうして介護の道に入ったのが30代、ケアマネになったのが55歳。随分遅いスタートのように見えるかもしれませんが、その分それぞれの段階で現場をじっくり経験してきた自信があります。ケアマネという仕事は、利用者様の日常生活を想像しながら動けてこそだと思っているので、まわり道だったとは全く感じていないんです。
「不純な理由で選んだのに」——一番長く続いた職場になった
あまてらすを選んだきっかけは、非常に不純というか、単純な理由なんです(笑)。まず、自宅と娘の家の中間地点にあって、動きやすかったこと。それから「あまてらす」という名前が非常に気になったこと。こういう神話的な響きのあるものが好きで、名前に引かれてしまったんですよね。あとは求人を見た時に、お給料が良かったこと、休みの条件もよさそうだったこと——そういうところを見て選びました。
実際に入ってみたら、「ここほど続いている職場はない」という状態になっていました。以前は家庭の事情でどうしても転職が多かったんですが、あまてらすでは2019年から丸6年になります。働きやすいから続けられている、それだけのことだと思いますが、あの時「不純な理由」で選んで、こんなに合った職場に巡り合えるとは思っていなかったですね(笑)。
入社前に期待していたのはお給料と場所と休みの条件だけでしたが、実際に入ってみると、仕事のやりやすさというもっと大切なものがありました。長く続いているのは、そこが一番の理由だと思います。

前職との大きな違い——「自分の思うように仕事ができる」
あまてらすに入る前のことをお話しすると、ケアマネジャーの仕事って、職場によって全然違うんだと実感しています。
1箇所目は、ケアマネが7人いるのにパソコンが5台しかなかったんですよ。パソコンが使えない時間が生まれてしまうし、老人法の事業所と兼務していたので、ケアマネの仕事に専念できなかった。「ケアマネとしてしっかり仕事を覚えたかったのにできなかった」という思いがあって、半年でやめることになりました。もう1箇所は基本的なことは学べましたけど、ガチガチに固まった古い考え方があって、自分が動くには非常に仕事がやりにくかった。
あまてらすは、規則が緩いわけでは全然ないんです。ルールはちゃんとあります。でもそのルールをきちんと守りながら、自分の思うように仕事ができる。ケアマネという仕事は、自分で計画を立てて、自分で動いて、自分で後処理をしていくものですから、その裁量が持てることがとても大切なんですよね。
移動には1人1台の社用車があるので、自由に動けます。家庭の事情でどうしても休みが必要な時も、事前に伝えておけばちゃんと取れる。仕事とプライベートの両立ができる環境は、特に女性にとっては本当に大事なことだと思います。連携も取りやすいし、こんなに安定して続けさせてもらえているのは、そういう職場の環境があってこそだと感じています。
私自身、以前は家庭の事情でたびたび職場を変えざるを得ない時期がありました。だからこそ「長く続けられる職場」のありがたさは、人一倍よくわかっているつもりです。あまてらすに入ってから一度もそういうことを考えたことがない。それが何よりの答えだと思っています。
「見ていないようで、見ている」——社長がつくる、良い緊張感
社長はですね、クールな方で、ちっちゃいことは気にしないっていう感じなんですよ(笑)。でも見ていないようにしていて、実はちゃんとそれぞれのことを見ていらっしゃるんです。1人1人のことを見て、その人に応じたポジションや役割を与えてくれて、声かけもしてくれる。だからこそ良い緊張感があって、「油断できない」という感覚がいい方向に働いています。
やった分だけちゃんと見返りがある、というのも、他ではなかなかないことだと思います。お給料の面もそうですし、仕事の評価としても、頑張っていることがちゃんと形になって返ってくる。それが「63歳でも、もっともっと頑張ろう」と思える一番の源になっていますね。
社長は定年はないとおっしゃっているので、仕事ができる間は働き続けるつもりです。ケアマネの仕事は運転が必要ですから、運転がいつまでできるかなというのはありますけど(笑)、まだまだ全然働く気でいます。面接の時、社長は少し離れた場所に座っていて直接面接には入っておられなかったんですが、あれもきっとちゃんと見ていたんだと思います(笑)。
「城本さんで良かった」——入社初日から続く、6年のご縁
仕事でやりがいを感じる瞬間は、やはり「城本さんで良かった」と言っていただける時ですね。それが一番です。
入社して最初に担当させてもらったのが、あるご夫婦でした。2019年の9月か10月頃のことで、もうかれこれ6年になります。最初は奥様だけが利用者様でしたが、ご主人も要介護になられて、今はお2人でサービスを使いながら生活されています。ご家族は県外に住んでいらっしゃるので、緊急の時の対応は私が担うことも多くて。
ある時、奥様が急に体調を崩されて救急搬送されることになったんです。ご家族が遠くにいらっしゃるので、私が救急車の後をついて行って、受診が終わるまでそこで待っていました。結果的に奥様は入院せずに帰宅できたんですが、その時、若干認知が入り始めていたご主人が、「城本さんで良かった、城本さんすごいね」と言ってくれたんです。
認知が入りかけている中でも、ちゃんと私のことを認識してくださっていて、その言葉を言ってくれた。それがどれだけ嬉しかったか。今もそのご夫婦はお元気にされていて、「あまてらすにいる限りは、ずっとお手伝いさせてもらいたい」と思っているご家族です。この仕事は、信頼関係を積み重ねていくことそのものだなと改めて感じた経験でした。

1人で立ち上げた東区の新事業所——「東区といえばあまてらす」を目指して
去年の2月から、東区の新事業所の担当を任されることになりました。主任を取ってからまだ間もないタイミングで、正直、最初は不安の方が断然大きかったですよ。やる気よりも不安の方が大きいくらいで(笑)。でも社長から「大丈夫だからやってごらん」という後押しがあって。その言葉がなければ、やっぱりできなかったと思います。
去年の11月15日に正式に東区の事業所を開設して、それからずっと1人でやってきました。準備の期間も、地域の居宅介護支援事業所さんや近隣の方々に色々助けていただいて、優しくしていただきながら少しずつ地域に根を張ってきました。今日からようやく新入社員が入って、2人になりました。
目標は、「東区といえばあまてらす」と言われるような、信頼のある事業所を作ることです。ケアマネを探しているなら「あまてらすさんがいい」と言ってもらえるような存在になりたい。これからメンバーを増やしながら、風通しの良い、団結したチームを作っていきたいと思っています。
34歳の時の事故で「生かされた命」と感じてこの道に入って、63歳の今もまだ新しいことに挑戦できている。あの時のことを思えば、これからも怖いものはないですよ。名前に引かれて入ったあまてらすで、まだまだやりたいことはたくさんあります。
求職者の方にお伝えするとしたら、「自分で仕事を組み立てていくのが好きな方」にはとても合う職場だと思います。自由な分だけ自分次第な部分も大きいですが、それをやりがいと感じられる方なら、きっとここで長く働けると思いますよ。
「あまてらす」という名前に引かれて入社して、気がついたら一番長く続いた職場になっていました。今は東区の事業所を任せてもらって、「東区といえばあまてらす」と言われる場所にしていきたいと思っています。63歳ですが、まだまだこれからです。




